大阪地方裁判所堺支部 平成3年(ワ)67号 判決 1993年5月26日
原告
北川福治
右訴訟代理人弁護士
提中良則
被告
国
右代表者法務大臣
田原隆
右指定代理人
塚本伊平
外四名
主文
一 被告は、原告に対し、金一九九三万二〇五七円及びこれに対する平成三年二月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金二四四三万二〇五七円及びこれに対する平成三年二月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 訴外北川タミ(以下「タミ」という。)は、昭和五一年一〇月六日、大阪法務局所属公証人A(以下「A公証人」という。)役場において、別紙「遺言内容」記載の公正証書遺言をした(以下、右公正証書を「本件公正証書」と、右遺言を「本件遺言」という。)。
2 タミは昭和五九年八月二三日に死亡し、原告、訴外北川仲男(以下「仲男」という。)同池本良枝、同増井八重子、同北川雄三、同澤田都子及び同田中伸子の七名(いずれもタミの子)が相続人となった。ただし、そのうち訴外北川雄三は、昭和五九年九月三日に相続放棄をした。
3 公正証書遺言をするには、証人二人以上の立会いがあることが必要とされるところ、本件遺言では訴外北川伊佐久(以下「伊佐久」という。)及び仲男の二名が証人として立ち会ったが、仲男は、タミの二男で推定相続人であったから、証人欠格者に該当する。したがって、本件遺言については二人以上の証人の立会いがなかったことになるから、本件遺言は法定の方式に違背した無効なものである。
現に、訴外増井八重子、同澤田都子及び同田中伸子(以下「八重子ら三名」という。)は原告ほか二名に対し、本件遺言の無効確認の訴えを大阪地方裁判所堺支部に提起し、平成元年二月二八日に八重子ら三名の右請求を認容する判決が言い渡され、右判決が確定している。
4 公証人は、法律行為その他の私権に関する事実について公正証書を作成する権限を有する国家公務員であり、公証人の右権限に基づく公証事務の処理は、国の公権力の行使に該当する。したがって、A公証人の本件公正証書の作成も、公権力の行使にほかならない。
5 公証人は、遺言公正証書を作成するに際しては、証人欠格のある者を立会人から排除して有効な遺言公正証書を作成すべき義務がある。それにもかかわらず、A公証人は、仲男について証人欠格事由の有無を確認することを怠り、漫然同人を証人として立ち会わせて遺言公正証書を作成した。本件遺言が無効となったのは、A公証人の右過失に基づくものである。
6 原告は、本件遺言が無効であったことにより、次のとおり合計二四四三万二〇五七円の損害を被った。
(一) 八重子ら三名に対する支払差額金 一八四三万二〇五七円
(1) 八重子ら三名は、原告ほか二名の相続人に対し、タミの遺産についての遺産分割の調停を大阪家庭裁判所堺支部に申し立て(同庁昭和六三年(家イ)第二二五号事件)、法定相続分(各六分の一)に基づく遺産分割を求めた。
右遺産分割申立事件について平成二年一二月二八日に調停が成立し、原告は、八重子ら三名にそれぞれ一五〇〇万円ずつ(合計四五〇〇万円)を支払ったうえで、本件不動産及び松原市岡六丁目五三九番地一所在の建物(以下「遺言外建物」という。)を取得した。右一五〇〇万円は、本件不動産及び遺言外建物の価格の合計の約六分の一に相当する金額であった。
(2) 本件遺言が有効であったならば、原告は、本件不動産につき、遺留分(一人当たり相続分の一二分の一)を控除した残額を取得し得たはずである。
本件不動産の価格は合計一億〇四七五万二一三一円であり(松原市岡七丁目一九八番の畑を売却して取得できた金額は五三〇万円であり、その余の土地建物の平成元年九月二二日当時の鑑定価額は九九四五万二一三一円であった。)、また、遺言外建物の鑑定価額は七五万九八二五円であった。
そうすると、本件遺言が有効であれば、原告は、八重子ら三名に対し、それぞれ本件不動産の価格の一二分の一に当たる八七二万九三四四円(合計二六一八万八〇三二円)及び遺言外建物の八重子ら三名の持分(一人当たり六分の一)に当たる各一二万六六三七円(合計三七万九九一一円)の合計八八五万五九八一円(総合計二六五六万七九四三円)を支払えば足りた。
したがって、原告は、本件遺言が無効であったために、一八四三万二〇五七円を余分に支払い、右同額の損害を受けた。
45,000,000−26,567,943=18,432,057
(二) 慰謝料 五〇〇万円
原告は、本件遺言が無効であったため、前記のとおり八重子ら三名から遺言無効確認訴訟及び遺産分割の調停を起こされ、長期間にわたり妹らとの骨肉の争いを余儀なくされ、多大の精神的苦痛を被った。原告の被った右精神的苦痛を慰謝する金額としては五〇〇万円を下らない。
(三) 弁護士費用 一〇〇万円
原告は、本訴の提起、遂行を原告訴訟代理人に委任したが、その着手金及び報酬金としては合計一〇〇万円が相当である。
7 よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、右損害金合計二四四三万二〇五七円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成三年二月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、タミが昭和五九年八月二三日に死亡したことは認めるが、その余は知らない。
3 同3の事実のうち、公正証書遺言をするには、二人以上の証人の立会いが必要であること、本件遺言について伊佐久と仲男の二人が証人として立ち会ったこと、仲男がタミの二男であること、推定相続人は公正証書遺言の証人となる適格を有しないこと、八重子ら三名が本件遺言の無効確認の訴えを提起し、平成元年二月二八日に八重子ら三名の右請求を認容する判決が言い渡されたことは認めるが、その余は争う。
4 請求原因4の事実は認める。ただし、公証人は、形式的意義においては公務員ではなく、国家賠償法上公務員であると解されているにすぎない。
5 同5の事実は争う。
(一) 公証人法は、公証人が嘱託人の氏名を知らず又はこれと面識のないときは、官公署の作成した印鑑証明書を提出させるなどして、人違いでないことを証明させることを要する旨規定しているものの(同法二八条二項)、同法には、公正証書遺言の証人について人違いでないことを証明させる旨を規定した条文は存在せず、公正証書遺言の証人については同法二八条二項の規定は適用されないとの実務の取扱いが定着している(明治四三年八月一〇日法務省民刑第六四一号民刑局長回答)。
(二) 公証人は、公正証書の作成に当たり、形式的な審査の権限及び義務を負うにすぎないと解すべきであるから、遺言公正証書を作成するに当たっては、原則として、嘱託人から提出された印鑑証明書その他の書類のみに基づいて嘱託人が人違いでないか否かを審査し、嘱託人が指名した証人二人を立ち会わせて遺言公正証書を作成すれば足りるのであって、審査の結果、明らかに法律行為に法令違反があったり、法律行為が無効であると認められる場合等には嘱託を拒否すべきであるが、そのような場合でない限り嘱託を拒否することは許されない。
(三) これらの点から考えると、公証人には、証人の欠格事由について、同事由があると形式的に窺われる事実がない限り、同事由の有無を確認するまでの注意義務はなく、同事由の有無についての責めは、もっぱら、証人を指名する嘱託人にあるというべきである。
本件において、A公証人は、本件公正証書の作成につき形式的審査及び公証人に要求される注意義務を尽くしており、同公証人には本件公正証書作成につき何ら過失はなかった。
6 請求原因6の事実は争う。
7 本件遺言が無効であったとしても、次のとおり、タミと原告との間には、遅くとも昭和五一年一〇月六日までに、本件不動産について死因贈与契約が成立していたとみるべきである。したがって、本件不動産はタミの死亡とともに原告が取得したものであり、原告が本件不動産について遺産分割に応じるべき理由はなかった。それにもかかわらず、原告は自らの判断で右死因贈与契約の主張をせずに八重子ら三名との遺産分割に応じたのであるから、本件遺言が無効であったことと原告の損害との間には因果関係がない。
(一) タミが本件遺言をしようとした動機は、その夫の遺産に関して相続争いがあったことから、自己の相続の際に再び問題が生じないようにするために、自己が夫から相続した財産をすべて長男の原告に譲ろうとしたことにあった。なお、本件遺言の対象となった財産は、一部を除いて、タミと原告が居住していた居宅とその敷地であった。
タミは、本件不動産を原告に譲ることを決意し、その方法を伊佐久らに相談した結果、本件遺言を作成することになったものである。そして、このタミの意思は、本件公正証書作成の前に既に原告、仲男、伊佐久に明確にされ、同人らもこれを是認、歓迎していた。そうすると、タミにおいて、本件遺言をしようと決意した段階で、本件不動産を原告に死因贈与する旨の意思表示をし、原告がこれを承諾したとみることができる。
右主張が認められないとしても、タミが昭和五一年一〇月六日A公証人役場において本件遺言をした際、原告は、同役場に同行しており、本件遺言の内容を承知して、これを是認していたから、同日タミと原告との間に本件不動産について死因贈与契約が成立したとみるべきである。
(二) 遺贈と死因贈与とは、遺言者ないし贈与者から、その者の死後に無償の財産処分がなされるという点では共通しており、民法五五四条も、死因贈与は遺贈の規定に従うと定め、その共通性を肯定している。また、財産の処分は、当該財産の所有者が自由になし得るところであり、このことは遺言者であっても同様であるから、遺言者が遺言によって一定の財産の処分の意思を表明しているにもかかわらず、その者の意思を尊重しないことは常識に合致しない。なお、民法九七一条は、秘密証書による遺言について、その方式に瑕疵があっても、自筆証書による遺言としての効力を肯定している。
したがって、遺言がその方式に瑕疵があって無効であったとしても、無効行為の転換として、これを死因贈与契約として有効なものと認めるべきである。なお、遺言が遺言者の単独行為であるのに対し、死因贈与は契約であるから、死因贈与契約が認められるためには、遺言者すなわち贈与者と受贈者との間に合意が存することが必要であるが、本件においては、右(一)のとおり、タミと原告との間に右合意があったと認められる。
三 抗弁(過失相殺)
仮に、A公証人に本件公正証書作成につき過失があったとしても、前記のとおり、公正証書遺言の立会人の選任は、本来嘱託者の責任においてなされるべきものであり、証人不適格者を証人として選任したタミにも過失があったことが明らかであるから、相当額の過失相殺がなされるべきである。
四 被告の主張及び抗弁に対する原告の認否及び主張
1 前記二の7記載の被告の主張はいずれも争う。
被告主張の無効行為の転換理論は、一般に承認された法理論ではないし、かつ、どのような行為についてどのように適用されるのか未だ不明確な理論にすぎない。したがって、右法理論を用いて本件遺言が死因贈与契約として有効であるとの仮定は成り立ち得ないから、被告の主張はそれ自体失当である。
仮に、右法理論を認めるとしても、死因贈与は契約であるから贈与者と受贈者との意思の合致が必要である。したがって、遺言者が自ら記載した自筆証書遺言に限り、諸般の事実関係を合理的に判断して死因贈与契約を認定できる場合もあり得るが、本件のように無効な公正証書遺言についてまでこの法理論の適用によって死因贈与契約として認めることを主張する学説はない。
さらに、本件遺言のように民法九七四条所定の証人の欠格事由の規定に違反した場合を無効とするのは、遺言者の意思の真実性の確認ができないからであり、したがって、この場合は遺言者の死因贈与の意思も認定することができないといわざるを得ない。
被告の主張に従えば、その方式の瑕疵により無効となるあらゆる遺言が、常に死因贈与契約として有効になることになるが、それでは民法の遺言の要式性の規定の趣旨を没却することになり、被告の主張は到底採用することができない。
2 被告主張の抗弁事実は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実及び同2の事実のうちタミが昭和五九年八月二三日に死亡したことは、当事者間に争いがない。また、<書証番号略>によると、同2のその余の事実(ただし、訴外北川雄三は昭和五九年九月三日に相続放棄の申述をして、同月七日にこれが受理された。)を認めることができる。
二同3の事実のうち、本件遺言の証人として伊佐久及び仲男が立ち会ったこと及び仲男がタミの二男であることは、当事者間に争いがない。
そうすると、本件遺言に立ち会った証人二人のうち、仲男は推定相続人であって証人としての欠格者であったから、本件遺言は、証人二人以上の立会いを欠くものとして、無効であることが明らかである。現に、八重子ら三名が本件遺言の無効確認の訴えを大阪地方裁判所堺支部に提起し、平成元年二月二八日に八重子ら三名の右請求を認容する判決が言い渡されたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によると、右判決は控訴されることなく確定したことが認められる。
三公証人が法律行為その他の私権に関する事実について公正証書を作成する権限を有し、公証人の右公証事務の処理が国家賠償法第一条にいう国の公権力の行使に該当することは、当事者間に争いがない。
四そこで、請求原因5(A公証人の過失の有無)について検討する。
1 公証人法二八条二項は、公証人が嘱託人の氏名を知らず又はこれと面識がないときは、官公署の作成した印鑑証明書を提出させるなどの確実な方法によって、その人違いでないことを証明させることを要する旨規定しているものの、公正証書遺言の証人となるべき者については、人違いでないことを証明させることを要する旨の規定は同法に存しない。また、<書証番号略>並びに弁論の全趣旨によれば、明治四三年八月一〇日付け司法省民刑局長回答以来、公正証書遺言の証人については公証人法二八条二項の規定は適用されないとの実務の取扱いが定着していることが認められる。
しかしながら、公証人法は、法令違反事項や無効又は取消し得べき法律行為については公正証書を作成してはならない旨定め、公正証書の作成に当たっては、公正証書の形式的要件のみならず、その内容等についても法令違反の有無等を調査し、必要があれば、関係人に説明を求めたりしなければならない旨規定しており(同法二六条、三三条、同法施行規則一三条等)、これらの規定の趣旨から考えると、公証人が遺言公正証書作成の嘱託を受けた場合、嘱託人が提出した書類あるいは嘱託を受けた際の嘱託人、証人等の関係者の供述等からみて、証人に欠格事由が存する可能性があると窺えるときは、公証人としては、少なくとも、証人の身分関係を関係者に確認し、あるいは、推定相続人は証人となることができない旨を関係者に教示して、欠格事由を有する者を証人から除いて有効な公正証書を作成する義務があるというべきである。すなわち、一般に公証人の有する審査権は形式的なものと解されているから、証人の身分関係を確認するため戸籍謄本の提出を求める等の方法をとるまでの義務はないと考えられるものの、一般の人は証人の欠格事由についての知識を有しないのが通常であるし、また、出頭した関係者に証人の欠格事由の有無を口頭で確かめることは容易になし得ることであるから、有効な公正証書を作成すべき公証人としては、右に示した程度の注意義務は存すると解すべきである。
2 <書証番号略>、証人北川伊佐久及び同北川仲男の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば、次の各事実を認めることができる。
(一) タミは、昭和五一年九月ころ、本件不動産を、その当時自己と同居していた長男の原告に相続させるべく、その旨の遺言書を作成したいと考え、親族の伊佐久に相談した。
伊佐久は、かねて面識のあったA公証人にタミの遺言書の作成を依頼しようと考え、タミから相談を受けた二ないし三日後、A公証人に電話を架けてその旨を依頼し、同公証人から公証人役場に持参すべき書類などの指示を受けた。その際、同公証人は、伊佐久に対し、立会人として証人二人が必要である旨を告げたが、推定相続人は証人適格がない旨の教示はしなかった。
伊佐久は、タミに対して公証人役場に持参すべき書類を用意するよう伝え、また、自己及び原告の弟であってタミの意向を承知している仲男を遺言作成の際の証人とすることとし、その旨を仲男に依頼してその承諾を得た。
(二) タミ、原告、仲男及び伊佐久の四人は、同年一〇月六日、連れ立ってA公証人の役場に赴き、伊佐久が他の三人をA公証人に紹介したが、その際、伊佐久は、原告について「北川家の跡取りの長男福治」である旨、仲男について「福治の弟の北川仲男で、今回立会人になる男」である旨それぞれ紹介した。
(三) A公証人は、伊佐久或いはタミから本件遺言の内容を聴き取り、本件公正証書を作成した。その際、遺言執行者について、伊佐久が原告の名前を挙げたところ、A公証人は原告では駄目である旨述べたが、伊佐久及び仲男が証人となることについては、A公証人からなんら発言はなく、同公証人が仲男の身分関係を関係者に確かめたこともなかった。
3 右認定事実からすれば、A公証人としては、仲男がタミの子であって推定相続人であると考えるべきであり、仲男に証人としての欠格事由があると窺える場合であったことが明らかである(仮に、伊佐久がA公証人に対して仲男が原告の弟である旨の紹介をしなかったとしても、タミと仲男は同姓であって住所地も近かったから、仲男がタミの親族であって証人としての欠格事由を有する可能性があると窺えたというべきである。)。それにもかかわらず、A公証人は、仲男の身分関係を確認することなく、同人ほか一名を証人として本件公正証書を作成したものであるから、本件公正証書の作成に当たってA公証人が注意義務を尽くしたとはいえない。したがって、A公証人には本件公正証書の作成に当たって過失があり、本件公正証書の無効は同公証人の右過失に基づくものであるといわざるを得ない。
五請求原因6(損害)について
1 八重子ら三名に対する支払差額金 一八四三万二〇五七円
(一) <書証番号略>並びに原告本人尋問の結果によれば、八重子ら三名は、原告、仲男及び訴外池本良枝に対し、タミの遺産についての遺産分割の調停を大阪家庭裁判所堺支部に申し立て(同庁昭和六三年(家イ)第二二五号事件)、法定相続分(各六分の一)に基づく遺産分割を求めたこと、右遺産分割申立事件について平成二年一二月二八日に調停が成立し、原告は、八重子ら三名にそれぞれ一五〇〇万円(合計四五〇〇万円)を支払ったうえで、本件不動産(ただし、松原市岡七丁目一九八番の畑を除く。)及び遺言外建物(右調停成立の際、タミの遺産であることを各当事者が確認した。)を取得した(仲男及び訴外池本良枝の相続分は、調停成立前に原告が譲り受けた。)事実を認めることができる。
なお、<書証番号略>によると、右調停によって原告が取得した各不動産の平成元年九月当時の時価は合計一億〇〇二一万一九五六円であったことが認められるから、その六分の一は一六七〇万円余であり、原告は八重子ら三名に対して同人らの法定相続分である右各不動産の時価の約六分の一に相当する金額を支払ったことになる。
(二) 本件遺言が有効であったならば、原告は、本件不動産につき遺留分(一人当たり相続分の一二分の一)を控除した残額を取得し得たはずである。また、原告を含むタミの相続人は、遺言外建物についてそれぞれ六分の一ずつを相続したことが明らかである。
<書証番号略>並びに原告本人尋問の結果によれば、本件不動産のうち、松原市岡七丁目一九八番の畑を除いた土地建物の平成元年九月当時の時価は、合計九九四五万二一三一円であったこと、右一九八番の畑は、昭和六一年九月一六日、仲男及び北川雄三が共同所有していた松原市岡七丁目一九七番の田とともに、訴外株式会社山形工務店に売却され、原告はそのうち五三〇万円を受け取ったこと、また、遺言外建物の平成元年九月当時の時価は七五万九八二五円であったことがそれぞれ認められる。
そうすると、本件遺言が有効であれば、原告は、八重子ら三名に対し、本件不動産の価格の一二分の一に当たる八七二万九三四四円(合計二六一八万八〇三二円)及び遺言外建物の八重子ら三名の持分(一人当たり六分の一)に当たる各一二万六六三七円(合計三七万九九一一円)の合計八八五万五九八一円(総合計二六五六万七九四三円)を支払えば足りたことになる。
したがって、原告は、本件遺言が無効であったために、一八四三万二〇五七円を余分に支払い、右同額の損害を受けたというべきである。
45,000,000−26,567,943=18,432,057
なお、前記の松原市岡七丁目一九八番の畑の売買代金額は、同時に売却された土地とともに、実測面積に対して一坪あたり二四万円と定められたところ、実測面積が公簿面積よりも広かった可能性があり(ただし、同時に売却された土地と併せた実測面積が両土地の公簿面積を上回ることは認められるものの、右一九八番の土地についての実測面積と公簿面積との関係は不明である。)、そうだとすると、税金、売買に要した諸費用を控除しても、原告が本来取得できた金額は右五三〇万円よりも多かった可能性があるが、その金額を証拠上特定することはできないし、また、前記遺産分割事件についての調停成立の際、右土地の売却代金については八重子ら三名からこれがタミの遺産であるとの主張はなく、かつ、八重子ら三名は前記調停で定められたもののほかには請求権を放棄したことが認められるから、原告としては右土地の売却代金の全部を取得することが可能であったとも考えられ、原告の損害額は前記の認定額を下回らないとみるべきである。
2 慰謝料 五〇万円
原告本人尋問の結果によれば、本件遺言が無効であったため、原告は、八重子ら三名から、遺産分割の調停及び遺言無効確認訴訟を起こされ、約二年間にわたり兄妹間でタミの遺産をめぐる骨肉の争いを余儀なくされ、少なからぬ精神的苦痛を被ったことが認められる。社会的に信頼されるべき公証人が初歩的な過失によって無効の公正証書を作成した本件においては、原告の慰謝料請求を肯認すべきであり、その金額としては五〇万円が相当である。
3 弁護士費用 一〇〇万円
原告は、本件遺言が無効であったために、弁護士に委任して本訴を提起することを余儀なくされたものと認められ、本件事案の内容、審理経過、請求認容額等を総合考慮すると、本件遺言が無効であったことと相当因果関係のある弁護士費用として被告に負担させるのは、一〇〇万円をもって相当とする。
4 以上により、原告は、本件遺言が無効であったことにより、合計一九九三万二〇五七円の損害を受けたものと認められる。
六被告は、本件遺言が無効であったとしても、タミと原告との間に死因贈与契約が成立していたから、本件遺言が無効であったことと原告の損害との間には因果関係がない旨主張する。
公正証書遺言がその方式に瑕疵があって無効となる場合において、その前後の事情からして、右遺言とは別にそれと同旨の死因贈与契約の成立を認める場合はあり得るものと認められる。しかしながら、本件において、原告が死因贈与契約の主張をしたとしても、いわば原告側の人物のみの立会いでなされたタミの意思表示について、八重子らにおいてその効力を争う可能性があり、或いは、受贈者である原告の意思表示の有無、効力等について八重子らとの間で争いが生じた可能性も十分考えられ、また、前記のとおり、遺産分割の調停成立前に本件遺言の無効を確認する判決が確定していた状況を考慮すると、八重子ら三名の申し立てた遺産分割の調停に原告が応じたのはやむを得なかったものと認められる。他方、本件遺言が有効であったならば、八重子ら三名としては、本件不動産について遺産分割の申立てをする余地はなく、遺留分減殺請求をなし得たにとどまることが明らかである。これらの事情から考えると、本件遺言が無効であったことと前記認定の原告の損害との間に相当因果関係があったことを否定することはできないというべきである。
また、被告は、遺言公正証書作成の際の立会人の選任は、本来嘱託者の責任においてなされるべきものであり、証人不適格者を証人として選任したタミにも過失があったから、相当額の過失相殺がなされるべきである旨主張するが、法律の知識を有しない依頼者に対して前記の程度の注意義務を尽くすのは法律専門家である公証人としての最低限度の義務であるというべく、本件においてタミに過失があったとたやすくいうことはできないし、仮にタミに過失があったとしても、タミは遺贈者であって、本件遺言が無効であったことにより損害を被ったのは受贈者である原告であるから、タミの過失を本件損害額の算定にあたり斟酌することは公平の見地から相当とは認められない。
七結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対して金一九九三万二〇五七円及びこれに対する本件不法行為の日より後である平成三年二月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
よって、本訴請求を右の限度で認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言については相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官妹尾圭策 裁判官新井慶有 裁判官園原敏彦)
別紙遺言内容<省略>